「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第125話

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最終章 強さなんて意味ないよ編
<価値観の違い>



 部屋に引きこもる事小1時間、私はなけなしの気力をなんとか振り絞って倒れこんでいたベットから体を起した。
 そして部屋の隅で控えていたヨウコに、

「化粧直しとヘアメイクをするから衣装係の子を呼んで頂戴」

 そう頼んだ。

 すると彼女は一礼して部屋を出て行ったので、

 ポスン。

 私はもう一度枕に抱きつくようにベッドに倒れこむ。

「はぁ。そっか、それはそうよね。空飛んでたんだもん、みんな」

 言われてみれば当たり前で、いくらこの館が村の外にあるとは言ってもその姿が見えないほど離れている訳ではない。
 ならば、けして体が小さくはないグリフォンがこんな所の上空を飛んでいたら流石に気付くわよねぇ。
 でもなぁ、『秘密にしているおつもりだったのですか?』には参った。

 あまりの自分の間抜けさに、どんどん顔が火照って行くのが解る。
 その上、この後もう一度顔を合わせないといけないのよねぇ。
 その事実がどんどん私を追い込んでいた。

「このまま城に逃げ帰ろうかしら?」

 なんて事まで考えてしまったけど、そんな事ができないのは自分が一番解っているのよねぇ。

 ゴロン。

 私は枕を抱えたまま大きなベッドの上を転がり、天蓋を見つめる。

 ここで逃げたところでいずれは顔を合わせないといけないし、時間が経てば経つほど心が折れて会いにくくなるのが解っているのだから、なんとしても今日中に顔を合わせないといけない。

「はぁ〜」

 私はぎゅっと枕を抱きしめ、大きくため息をついてから体を起してベッドに腰掛ける。
 そして枕に顔をうずめながら、勇気を振り絞ってなんとか覚悟を決めた。

 コンコンコンコン。

 するとそれにタイミングを合わせたかのように部屋にノックの音が響き、ドアが静かに開けられる。
 どうやら衣装係のメイドがヨウコに連れられてやってきたみたいだね。



 30分後、私は化粧直しを済ませて部屋を出る。

 私の心はまだいつも通りとまでは行かないけど、ドレッサーの鏡越しに徐々に進んで行くメイクやヘアセットの様子を見ているうちになんとか人前に出られる程度までには回復していた。
 これならカロッサさんとの会談も、多分大丈夫だろう。
 そう思った私はヨウコを伴って部屋の外へ。

 ・・・本当に大丈夫かなぁ? いやいや、ここで弱気になってはだめだ。

 もう一度部屋に取って返したくなる弱気な気持ちをなんとか抑え、私はカロッサさんたちが待っているであろう、応接間へと歩を進めた。


 すると予めもうすぐ私が部屋から出てくると聞かされていたのか、その途中でシャイナとまるんがメルヴァを伴って待っていてくれたのよ。
 どうやら2人とも凹んでいるであろう私と一緒に会談に出てくれるつもりみたいで、

「なんか今日のアルフィンは頼りないから一緒に行ってあげるよ」

「そうそう。あるさんは打たれ弱い所があるからね。私たちがフォローしてあげないとって思ってさ」

 なんて言いながら笑ってくれた。
 なんとも頼りになる自キャラたちである。


 こうして孤立無援では無くなったので、少しだけ安心して応接間へ。

「アルフィン様がいらっしゃいました」

 扉前に居たメイドがノックをして扉を開け、中にいるカロッサさんたちに私の到着を知らせる。

 本当ならこの館でも帝国からのお客様相手にはイーノックカウの大使館のような感じで到着を知らせるべきだってメルヴァとギャリソンは主張したんだけど、私としてはここの事を別荘のように思っているからあまり仰々しくしたくないのよね。
 確かに立場的に考えたらおかしいかも知れないけど、だからこんな感じにしているってわけだ。

 さて、そんな知らせに続いて私たちは入室した。
 この場合、カロッサさんたちより私たちの方が立場が上なので入り口で挨拶すること無くそのまま入室したんだけど、そこで私は驚くというか、呆れる事となった。

 だって。

「子爵、おやめください。アルフィン姫様も困惑なさっておいでですよ」

「何を言うか、アンドレアス。お前も早く膝をつかんか」

 リュハネンさんはいつもどおり頭を下げて私たちを出迎えてくれたんだけど、その主人であるカロッサさんが仰々しく片膝を付いて私たちを出迎えたからなのよ。

 さっきその対応をされて私が部屋に引っ込んだというのに、ここでもまだ続けるの!? って私は大層困惑した。
 まあ、グリフォンの事で私を完全に女神認定してしまっているカロッサさんだから、何を言っても無駄なのかもしれないわね。

「あ〜、カロッサ子爵殿? アルフィンは今日、ボウドアの村の事であなたと話し合いがしたいとお伝えしてると思うのですが・・・。そのような体勢では話がしづらいと思います。ですからお立ち頂けませんか?」

「しかし・・・はい、シャイナ様。失礼いたします」

 でも、流石にこのままでは話し合いができないと思ったのか、シャイナがそう声をかけたのよ。
 それでもカロッサさんは一瞬逡巡したような態度を取ったんだけど、じっと無言で見つめるシャイナの顔を見てあきらめて立ち上がってくれた。

 ああ良かった。
 私が何を言ってもきっとあのままだったろうから、この態勢のまま会談をしなければいけないのかと思って困っていたのよね。
 ありがとうシャイナ。


 カロッサさんが立ち上がったので、私たちはテーブルへと移動する。
 ここではイングウェンザーの紋章のレリーフを背にした一番の上座、所謂にお誕生日席に私が座り、シャイナたち3人が私から向かって右に、そして左側にカロッサさんとリュハネンさんが座った。

 因みに護衛で来たモーリッツ君と同行したメイド長さんは別室で休んで貰っていて、執事さんのみ私に対していつもギャリソンが付く場所である、カロッサさんの左斜め後ろに立っている。
 そして私たちをここまで案内したヨウコは、扉の横に並んでいるこの館のメイドたちの元へと移動した。

 私としては執事さんにはカロッサさんたちと共に座ってもらってもいいと思うんだけど、ギャリソンだっていくら席を勧められたとしてもいつだって頑なにあの位置から動こうとしないから、きっとそう声をかけたとしても執事さんはあの位置から移動はしてくれないだろうね。


 全員の前にお茶が置かれ、それを私が一口飲んだところで会談が始まった。
 因みに私がお茶に口をつけたのは、一番立場が上の私が口をつけないといくら口が渇いたとしても誰も目の前のお茶に手を付けられないから、全員の前に出されたら必ず口を付けてくださいとメルヴァとギャリソンに言われているからだったりする。
 面倒だけど、こういう積み重ねが会議を円滑に運ぶ為には必要なんだそうな。


「まずは本日、わざわざこの館まで足を運んでいただき、お礼申し上げます。本来なら私たちが窺うべきでしたのに」

「いえ、アルフィン様にご足労願うなど恐れ多い」

 私の言葉に机に突っ伏す勢いで恐縮するカロッサさん。
 なんか毎度の事になっているけど、とりあえずこの態度を何とかしてもらわないと話が進まないので口からでまかせの事情説明から。

「頭を上げてください。何度も申していますが、私は女神などではありません。今回グリフォンやオルトロスのことでわた・・・」

「ちょっ、まっ待って下さい! おおお、オルトロスまでいるのですか!?」

「馬鹿者! アルフィン様のお言葉を遮るとは何事だ!」

 オルトロスと聞いて狼狽するリュハネンさんと、その態度に激怒するカロッサさん。
 どうやらグリフォンは知っていても、オルトロスまではばれていなかったみたいです。
 ・・・右前方のシャイナやまるんの視線がちょっと痛い。

「おほん。あ〜何がいるかは置いておくとして、この館裏にいる魔物たちはおとなしく、人に害を与えるものではありません。これらの魔物は此方では凶暴とお聞きしていますが私の国がある場所ではあのようにおとなしく、農作業を手伝ってくれるような存在なのです。ですから私が女神の力を使って従わせている訳ではないですし、それ以前に何度も言うように私は女神などではありません」

「しかし!」

「子爵。アルフィン姫様のご意向です。姫様は女神として扱われるのがお嫌いなのは子爵も良くご存知でしょう。ここは今までどおり、臣下としてお仕えすべきかと」

 いや、臣下でも無いからね。
 カロッサさんはバハルス帝国の貴族であって、都市国家イングウェンザーの貴族じゃないから。

 思わずそう口に出しそうになったんだけど、メルヴァが目配せをしてくれたのに気が付いて思い留まった。
 いけない、ここでそんな事を言い出したらまた話が進まなくなってしまうわ。
 それに幸いリュハネンさんの言葉でカロッサさんも納得してくれたらしく、今まで通りの対応をしてくれると約束してくれたので一安心。
 こうしてやっと話を先に進める事ができる体勢になった。


「今日、カロッサさんに聞いていただきたい内容なのですが、まず最初にエントの村のことです」

「エントですか? おお、と言う事はあちらにも何か新しい産業を起こしていただけると言う事でしょうか?」

 カロッサさんの言葉に私は微笑んで頷く。

「はい。前に農業指導に訪れたシャイナとあいしゃから、エントにも何か作ってはどうかとの話がありまして」

 そう言うと、名前を呼ばれたシャイナが頭を下げる。
 それを見たカロッサさんたちも、嬉しそうにシャイナに礼を返していた。

「そこであいしゃの意見を採用してで牧場を置くという話になったのですが、しかし今のままでは動物を移動させるにしても餌となるものの生産体制もできていませんし、何より動物たちを育てるノウハウをエントの村の人たちは持っていません。ですからその指導者を送り込むために、エントの村近くにも我がイングウェンザーの館を建てるべきでは? との話になりまして。そこでカロッサさんへお願いなのですが、エントに館を置くことをカロッサさんから私共に依頼していただきたいのです」

 ボウドアの時は彼らを助ける為に使った魔法の代金として土地をもらったという口実があったけど、今回は何もないからね。
 だからカロッサさんから私たちに土地を提供するから館を置いてほしいと依頼をしてもらおうと思ったってわけ。

「おお、それは此方にしても願ってもない事です。エントの村長からも、なんとかアルフィン様にボウドア同様、館を建てて頂けないかと陳情されておりましたから。まことにありがたい申し出です」

 あら、前に訪れた時にそんな空気ではあったけど、カロッサさんに陳情までしてたのね。
 まぁあの頃は私もエントの村に館を置くつもりはなかったし、あいしゃのお願いがなければ実際作る事もなかったと思うから、もしカロッサさんに頼まれたとしてもあの時点では断っていただろうなぁ。

「あいしゃがエントの村の子供たちの事を思って私に頼んだことですから。ただ、館を作ってもすぐにエントに牧場が作れるわけではありません。まずは前回エントに農業指導を行ったユカリを送り込みますから、エントに人たちには彼女の指示で家畜たちの餌の生産準備をお願いしようと思います。受け入れ準備ができるのには多分1年ほどかかるでしょうし、それから家畜を少数入れ、その指導方法を周知させる期間を経てから本格的に家畜を飼い始めるとしますと産業として成り立つのは4〜5年後になるでのはと私は考えています」

「そんな短い期間で!? ありがたい。少数の家畜でさえこの様な辺境では手に入れることが難しいというのに、牧場をそんな短期間で作って頂けるというのでしたら、此方としては何もいう事はありません。流石はアルフィン様だ」

 えっ!? 私としてはそんな先になってしまうよって意味で話していたのに、これでも短い期間にできるって考えるものなの?
 
 牧場が本来どれくらいの期間で作れるものなのか解らないけど、実を言うとうちの子たちを総動員すれば半年もかからずに大規模農場を作る事ができる。
 餌なんかシミズくんの眷属を総動員すればそれこそ1〜2週間もあれば牧草地帯を作る事も出来るだろうし、家畜を逃がさないための柵を作ったり飼うための厩舎を建てるのも魔法を使えばあっと言う間だ。
 家畜の世話も初めの内は苦労するだろうけど、たとえ病気になったとしても魔法で治す事ができるから最悪な状態になるなんて事もありえないしね。

 でも流石にそれをやってしまっては不味いだろうと言う事で4〜5年と言ったんだけどなぁ。
 やっぱり10年くらいと言うべきだったのだろうか? まぁ、今更何を言っても後の祭りだけどね。

「解りました。それではエントの村に館を作り、牧場を開く計画を進める事にします。その際の土地に関しては現在、ギャリソンが選定するようにと指示を出しているそうなので、それが決まり次第エントの村長と話し合い、後日カロッサさんの所に連絡させますので建築依頼と土地の移譲などの承認をお願いします」

「畏まりました、アルフィン様」
 
 とりあえずエントの村に関してはこれくらいだろう。
 もっと長いスパンで考えるとその他にも農作物の種類を増やしたいんだけど、人が増やせる訳じゃないんだからそう簡単にはいかないのよね。
 まぁ裕福になれば自然と人も増えるし、その辺りはじっくりと腰をすえて考えるとしましょう。

 さて、次に話すべきはっと。

「次にですが、実は近い内にイーノックカウに店を開こうと考えているのです」

「おお、そう言えばアルフィン様は前にもそのような事を仰っておりましたな。ではいよいよ都市国家イングウェンザーの商品を扱う店をお開きになられるのですか?」

 そうだよね、前にカロッサさんとこの話をした時はうちの城の職人が作ったものを売るって話をしたもの、そう考えるのが普通だよね。

「いえ、我が国とバハルス帝国では物の価値観が違いすぎる事が解りましたからイングウェンザーの物を直接売る様な事は断念しました」

 でも、色々な事情があるからそれを断念したことを伝え、

「ですから、前々から色々と指導をしているボウドアでの作物や、この館で試作した物を売り出す店舗を開こうと思っています」

 新しく企画した店のコンセプトを伝えた。

「この館での試作品をですか?」

 いきなりこんな事を切り出されて、話が良く見えないという表情のカロッサさん。
 まぁ、それはそうだろうね。

 店を出すという以上は、それなりの生産量がなければ年間を通して商品を供給する事なんかできない。
 それだけに試作品といわれる程度のもので、どうやって店を開くのだろうと考えるのは当然の事だ。

 だからその説明の為に、私はメイドに合図を送って予め準備させて置いたものを運び込ませた。
 最初に出したのはカットフルーツ。
 リンゴや梨、メロンにパイナップルだ。

「店で売るものですが、まずはこのような果物たちです。ここにある物は特別な方法で保存したものですので常に全種類そろう事は無く、季節ごとに売ることができる物は変わりますが、帝国で生産されている果物に比べて大変糖度が高い上にここでしか生産されていないものばかりなので商品価値も十分あると思います

 そう言ってからカロッサさんたちに試食を促す。
 するとそれぞれの果物の甘さに驚いたような顔をしたので、その姿を見た私は心の中でガッツポーズ。
 イーノックカウで食べた果物はどれもこれもそれ程美味しく無かったから、絶対に受けると思ったのよね。

 カロッサさんたちの顔を見て確信した。
 これらなら絶対に話題になるし、売れるはずだ。

「そして出す店も貴族の館や大商会が並ぶ区画ですから、多少高額で売り出そうと考えているので館裏で生産している程度の量でも品切れになることは無いと考えています」
 
「大丈夫でしょうか? これ程の品なら多少高い程度では貴族や富豪ならこぞって買い求めようとするはずです。出荷量によっては常に売り切れになるやも知れませんぞ」

「いえいえ、褒めていただけたのは嬉しいですが、そんな事は無いと思いますよ」

 取り合えずリンゴ一つでちょっといいレストランでの1食分くらいと言う、ボッタクリ値段で売るつもりなのよね。
 だから私は、その金額を伝えたらきっと納得してくれると思ったんだけど。

「いかほど店頭に並べるおつもりで? アルフィン様、その程度の数では店を開いた当初はともかく、ある程度知れ渡ってしまえばその値段ならば朝一で売り切れるでしょうな」

「ええ。特に貴族はパーティーで出す目玉として欲するでしょうから、社交シーズンでは争奪戦が繰り広げられる事は火を見るより明らかでしょう」

 ・・・それほどのものなのか。

 この世界の食糧事情、と言うか現実世界の品種改良によって糖度が上昇した果物の価値がどれほどの効果があるのかと、驚かされるアルフィンだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 今でもフルーツパーラーとかに行くと驚くような値段で果物が売られていますからね。
 1本1000円のバナナとか、誰が買うんだろう? なんて思うけど、置いてある以上は売れると言う事なんだろうし、メロンなんか5万とかするものも普通に売られているのですから、多少高くても買う人は買うのでしょう。

 イングウェンザーの作物はみんな、今は絶滅しているものの品種改良が進みきった果物の情報を基に作られているので、品種改良と言うものがまったく行われていない現地の果物と比べたらこれくらいの評価を得られたとしてもおかしくないでしょうね。


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